札幌高等裁判所 昭和36年(ネ)196号 判決 1964年4月06日
(ネ)第一二二号事件被控訴人 (ネ)第一九六号事件控訴人 笠原晴雄
(ネ)第一二二号事件控訴人・(ネ)第一九六号事件被控訴人 国
訴訟代理人 中村盛雄 外三名
主文
原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し金一五万円の支払いをせよ。
第一審原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は第一・二審を通じてこれを五分し、その一を第一審被告、その余を第一審原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
当裁判所の第一審原告の各請求についての判断は、請求原因五の請求について、後に補充し、一部訂正するほかは、原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。当審における双方の立証中には、請求原因一ないし四の請求原因事実に触れるものがあるが、いずれも右の心証を動かすに足りない。
(請求原因五の請求について)
(一) まず、原判決添付図面(二)のA箇所の土砂を旭川開発建設部が採取するについては、第一審原告の承諾を得ていたという第一審原告の主張について判断する。当審においてこれに副うものとして提出された証拠は、当審証人鈴木邦生の証言によつて成立を認めうる乙第一八号証中の欄外記入部分と当審証人工藤学而の証言とがあるだけであるが、前者は当時治水課長であつた右工藤証人の報告をメモしたに過ぎないものと認められるから、結局は工藤証人の証言に帰するところ、右証書の中、右承諾についての供述内容は、同証人の原審証人としての供述内容に加えるところがないものであつて、当裁判所は、原審と同様の理由(先に引用した部分に包含される。)によつてこれを措信しない。従つて、右承諾については、原審と同様の理由で、得られていなかつたものと認定する。
(二) 次に、A箇所が史蹟でないとの主張について判断する。成立に争いない甲第一五・一六号証、同じく乙第一六号各証、当審証人西尾六七の証言、当審における第一審原告本人の供述を総合考察するに、幕吏松浦武四郎判官が一〇〇年前に上陸宿営した地点オクルマツオマナイと、天塩川の支流として当時地図に記入されたヲクルマトマナイとが同一であるかどうか、更にそれが現在のオグルマナイ(小車内)と同一であるかどうかは確定できないが、ただ、少なくとも、第一審原告がアイヌ古老(西尾証言中その存在を否定する部分は採用しない。)から聴取し、学者に問いただして得た、A地点がその地点であろうとの推定を全然くつがえすに足りる文献上の証拠はない、と認められる。
また、第一審被告は、第一審原告がA地点を史蹟と信じたことはない、と主張しているが、当審における第一審原告本人の供述によるも、これを信じていることは明瞭に看取される。当審証人村上長治郎の証言およびこれによつて成立を認めうる乙第一五号各証によつて、いわゆる標柱の建立につき第一審原告が積極的に関与していなかつたものと認められる事実は、右の確信を認定するに妨げとなるものではない。
(三) 次に、百年祭行事に関する第一審被告の主張について判断する。当時から美深町長である証人西尾六七の証言によれば、当時この行事について第一審原告本人から交渉されたことはあつたが、むしろ教育委員会の管轄事項と考えて確答を与えなかつたものと認められる。従つて、原判決理由中、美深町長から百年祭行事につき賛同を得ていた旨の認定は誤りである。故に、前記原判決理由の引用に際して、この部分のみは除外することとする。もつとも、この点は、第一審原告の精神的損害の基礎づけの中極めて些細な部分であるに過ぎないので、右の訂正は、判断の大筋を少しも傷つけるものでないことは、いうまでもない。
(四) 第一審被告は、更に、A地点は単に抽象的に上陸地点というのみであるから、復元された以上精神的損害は治癒されたものとすべきであると主張する。しかし、単なる上陸地点であつても、後代の住民がその地点に歴史的意義を認め、原審における原告本人訊問の結果によつて認められるような石の敷設等によつてその地点を記念しようとしていた以上、その損壊につき精神的損害が生じないということはできない。第一審被告主張のような事情は、歴史的遺物の損壊の場合に比し、精神的損害が復元によつて回復せられる度合が大であることを示すに止まり、全部回復せられて損害が全くないことになることまでも示すものではない。
(五) 最後に、第一審被告は、国家賠償法第二条の解釈適用を云々している。しかし、本件土砂の採取が旭川開発建設部によつて施行された天塩川築堤工事の一環としてなされたことは当事者間に争いないところなのであるから、公の営造物の設置に際し、設置者側に注意の行き届かぬ点があつて、そのために第一審原告に精神的損害を生じたということができる。なるほど、同条の本来予想する事態は、むしろ第一審被告の主張するような設置ないし管理の不完全から安全性を欠如し、その結果として他人に損害を生じた場合にあるとせねばならぬが、同法の立法趣旨や同法第一条の規定の精神等を参酌すれば、本件認定のような事実関係に対してもなお同法第二条を類推適用しうるものと解するのを相当とする。
(六) 引用にかかる原判決理由と右(一)ないし(五)の説示とを総合し、結局、第一審原告の請求中、請求原因五の請求のうち一部を認容すべく、他を棄却するを相当と認める。そして、右認容すべき慰藉料の額としては、金一五万円を相当とすると認める。
よつて、これと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条・第九二条・第八九条に従つて、主文のとおり判決する。
(裁判官 川井立夫 臼居直道 倉田直次)